ポケモンとポケモンGOの違い

今回は、ポケモンとポケモンGoの違いを書いていきたいと思います。

ポケモンは主人公を操作し、他人の物語を進めるタイプのゲームです。反対に、ポケモンGo(以降、POGO)は自分がポケモントレーナーになって冒険を進めるタイプのゲーム。進めるというか、遊ぶということですが。

これに関しては、好みは人それぞれだと思います。ここで、ネットゲームの醍醐味として自分が主人公になって遊ぶという特徴があると思います。

自分が主人公になるというのは、主に現実とのリンクがどれだけあるか、現実とどれだけ関連しているかが一つの指標だと考えられます。

例えば、POGOのユーザー名(主人公の名前)は、ユーザーIDが既に取得されてる場合は重複はできません。この性質は現実とリンクします。

反対に、ポケモンでは主人公の名前は自由に決められます。レッドだとか、サンだとか。私の場合はタイトルに合わせて付けています。

話が変わりますが、多くの人がPOGOをやめていきました。単純に飽きたという人がほとんどだと思います。

しかし、最初からわかっていたことですが、このゲームはネットゲームなのでどれだけ継続してきたか、または継続できるかという勝負でした。つまり、脱落していく人から敗けていく、そういうゲームだったのだと思います。

もちろん、ゲームを継続している人が偉いというわけでは全くありません。

ゲームなんてさっさとやめて他のことを頑張ったほうが人生は有意義であることに間違いはありません。よって、POGOなんてさっさとやめたほうが勝ちであるとも言えるでしょう。

これは続けている人とやめた人の言い分が大きく異なる領域だと思います。

一応、ポケモントレーナーとしては、ゲームを継続している人やしてきた人が基本的に勝ちだと思います。まあ、勝ち負けではないですが。

何がいいたいのかというと、珍しく、この記事では特に言いたいことはありません。ポイントはないのです。その上で聞いてほしいのですが、例えば、魔法の世界があったとします。

ハリーポッターでもドラえもん(映画の魔法使いのやつ)でもいいですが「もしもこんな世界があれば、自分も頑張るのになあ」と思ったことありませんか?ドラえもんの映画では、もしもボックスで魔法の世界になるのですが、のび太は「もし魔法の世界なら僕は頑張ってた」とそんなことを言ってた記憶があります。もしハリーポッターのような魔法学校があれば、自分も頑張って勉強して立派な魔法使いになってたのに…など。

しかし、ハリーの魔法学校でも、生徒全員が魔法の授業を頑張っているかというとそうではありません。のび太もせっかくドラえもんに魔法の世界にしてもらったのに、魔法の勉強を全く頑張りませんでした。

もちろん、ゲームと魔法の勉強ってぜんぜん違うのですけどね。しかし、一応自分なりの共通点はあると考えています。それは後ほど説明します。

確かに、作品を読んでいて「なんでこんな素晴らしい世界なのに、登場人物は魔法の教科書を頑張って読まないんだ?」という感じなのですが、そうですね。ここで、明白な事実は、魔法の世界であれ科学の世界であれ、続ける人もいれば、やめていく人もいるということだと思います。ゲームも同じで続ける人もいればやめていく人もいます。

どんな世界であれ継続するということは難しいのだと思います。科学も魔法みたいなもんですが、頑張る人もいれば、やらない人もいますよね。興味がない人もいます。興味をなくす人もいて、やめていく人もたくさんいます。多いのはどちらかというと後者でしょう。はじめは興味があったり、始めたりするんだけど続ける人はほんの僅かです。

POGOもこれと同じですように、程度の差こそあれ、だれでもポケモントレーナーになれるし、一度はトレーナーになった人もみんなやめていく。残った人はほんの僅か。僅かとは言わないけれど、でも最初に比べるとその数はとても少ないです。

POGOを続けてると、「まだやってるの?」って言われることもあると思うんです。そして、確かに一理あります。まだあんなくだらないゲームをやってるのかと。

でも、だれでもポケモントレーナーになれるというのは、すごいことだと思うんです。擬似的であれ、100年前では考えられなかったことだと思います。そんな感じで、一応は楽しんでいるかなーとか思ったりして。

でもやっぱり、ゲームはゲームですよね。本当の魔法の世界とか、ポケモンの世界とは全然違うのでそれじゃあ面白くないのかな。

たしかにそうかもしれませんね。私は今のところは楽しんでますが。

終わり。